技を身につけ、高い社会的地位があり、同時に自分の優れた技術を伝承し続け、業界の発展に推進の役割を果たし、伝統工芸士ついては厳しい自身を律し、工芸士の称揚を得るのは非常に難しく、松本堂は伝統工芸士として、良品を作ると良品を選ぶことを理念として力を入れて実行しています。

伝統工芸士は、日本の伝統産業の専門職であり、工芸士資格を取得するのは非常に難しく、優れた技術力のほか、業界でも12年以上の経験があることで受験でき、毎年の合格率は3%前後であり、基本的には3、4回の受験を経って合格します。工芸士の資格を得た人は通常に優れた技を身につけている人であり、宗師と呼ばれます。
一、松本堂の概要
松本堂は明治3年(1870年)に創業した刀剣から始まった金工の店舗で、技法として、金属器具の線刻や象嵌などが挙げられ、日本皇室の刀剣製造研磨にサービスを提供したことがあります。明治9年の廃刀令の公布に伴い、武士の地位が廃止されて多くの武士が失業し、多くの武士が生計を追われて職人に転身しましたが、その中に優秀な職人の加入のおかげで、当時の松本堂を発展させました。やがて松本堂は、当時の優れた金工職人の作品を収録して販売するようになり、加納夏雄、須賀月芳、須賀松園、田中鉄邦などの優れた作者が協力したことがあります。その見返りとして作品を販売するだけではなく、万国博覧会レベルの国際展示会にも多くの作者を推薦するようになりました。今でも松本堂は、優品を創り、優品を選ぶという理念で人々にサービスを提供することに取り組んでいます。
二、松本堂伝承の工芸
1. 蝋型鋳造法
蝋型鋳造法は又脱蝋法とも呼ばれ、昔に発明された金属鋳造方法であり、複雑な形状の鋳物を鋳造することで常に用いられています。中国では古代に青銅鋳造にこの方法を使用したが、現代の鋳造には蝋を用いて鋳型を作り、造形材料を塗布し、全体鋳型となり、ロストワックス鋳造と呼ばれています。加熱後ワックスを溶かして空洞を形成し、液状金属を流し込み、冷却して成形で鋳物を得ます。
2. 金型鋳造法
金型鋳造法は精密金型を加圧して鉄水鋳造装置に注入する技法であり、この方法で作られた鉄瓶は、垂直左右半型であるため、鉄瓶の左右中線半型結合ところには離型線の痕跡があり、一部の釜師達はこの鋳造跡を磨き処理または水垢で隠し、よく確認と、痕跡が見られます。この鉄瓶の形は通常にユニークな特徴があり、大部分は高浮彫模様であり、鉄瓶の愛好家は一般的にこの鉄瓶を「大阪亀」と呼ばれ、つまり大阪地域の亀文堂が作ったものであり、この種類の鉄瓶は販売の価格が高くなく、大部分の収集家は興味がありません。
3. 砂型鋳造法
砂型鋳造法は非常に初期的でよく見られる鋳造技術であり、現在の砂型鋳造モーターの殻と類似し、砂型鋳造法の鉄瓶は一般的に胴体内部の最大直径で上下型の結合部であり、胴体に水平方向の腰線を残し、そのためこの方法により鋳造の際に逆さ鋳造であるため、鉄瓶の底の中心に明らかな鋳造穴が見え、人のへその目と類似し、鉄瓶の穴の両側に小さな鋳造通気孔も2つあります。
4. 高肉象嵌
高肉象嵌は日本伝統の金銀象嵌技術の一つであり、大部分は浮彫りの表現手法を採用し、工芸士に豊な美学教養と独自の審美の見方が必要であります。
5. 鏨刻
鏨刻は古い手芸であり、『説文解字』には「鏨は、小鑿」という解釈があります。様々な鏨を用いて、金属ものの表面に金や銀、銅などの金属材料の延性を利用し、紋様彫刻を行い、さらに透かし彫りの金属工芸であります。この技術はその操作について複雑であり、操作者に良好な総合素養が必要し、絵画、彫刻の経験があるだけでなく、仕上げ、鍛造、板金、鋳造、溶接などの多種の技を身につけなければならず、伝統文化について一定の理解と鑑賞能力が必要し、しかも長時間にわたって苦労で学習と研鑽を経って知識を身につける必要があり、この技を把握する人の数は少ないため、鏨刻の作品もめったに見られません。
